マネージャーがアジャイルを理解してくれないとき、説明を増やす前に確認すること
スクラムの進め方を説明しても、マネージャーから返ってくるのは「で、いつ全部終わるの」という質問。ガントチャートでの報告を求められ、スプリントごとの計画変更を歓迎されない。理解してもらう努力が空回りしている感覚があります。
この記事では、理解が得られない原因を知識不足として扱わずに整理し、説明の量を増やす以外の方法を扱います。あわせて、それでも通らない場合の進め方も扱います。
説明を重ねても伝わらない理由
まず試されるのは、説明の改善です。スクラムガイドの内容を伝える、アジャイルの利点を資料にまとめる、他社の事例を持ってくる、といった対応になります。
これが効かないのは、反対の理由が知識の不足にあるとは限らないためです。マネージャーは、自分が答えを出さなければならない問いを抱えています。予算はいくらか、いつ何が出るか、人は足りているか。これらに答えられない進め方は、知識の有無と関係なく採用しにくいものになります。
つまり、説明が伝わっていないのではなく、説明が相手の問いに答えていない状態です。ここを取り違えると、資料を厚くするほど距離が開きます。
伝わっているかどうかは、相手の質問を見ると分かります。進め方そのものへの質問ではなく、日程や費用の質問ばかり返ってくるなら、こちらの説明が相手の問いに届いていないと見て、次の言い換えを試す価値があります。
もう1つ、理解の問題として扱うこと自体にも副作用があります。相手を「分かっていない人」の位置に置く構図になり、協力を得にくくなります。
見えている情報が違う
スクラムマスターとマネージャーでは、日常的に見えている情報が違います。片方が持っている情報をもう片方が持っていない状態で議論すると、判断がかみ合いません。
スクラムマスター側に見えていて、マネージャーに見えていないもの。作業の詰まりどころ、見積もりの不確かさ、チーム内の負荷の偏りといった、日々の細かい状況です。
マネージャー側に見えていて、スクラムマスターに見えていないもの。他部署との約束、予算の締め切り、上位の意思決定の予定、人員配置の制約といった、組織側の事情です。
後者を聞いたことがないなら、まずそこからになります。「今期、上から求められていることは何ですか」と聞くだけで、相手が答えを出さなければならない問いが分かります。
この状態は、経済学で情報の非対称性と呼ばれる構図に似た構造を持っています。持っている情報が違う者同士の取引では、判断が歪みやすいという見方です。ただし借り物の見方であって、そのまま当てはまるわけではありません。実用的な示唆は1つだけです。相手の制約が分かると、提案の粒度をそこに合わせられます。
相手の問いに接続して言い換える
説明の量ではなく、接続の仕方を変えます。相手が答えを出さなければならない問いに対して、スクラムの進め方が何を提供できるかを言います。
| 相手の問い | 接続する言い方 |
|---|---|
| いつ全部終わるのか | 全部の完了日は今も分かりません。ただ、優先度の高い上位3件がいつ出るかは、実績から幅で示せます |
| 途中で仕様が変わると困る | 変更を受け入れるかどうかは選べます。受け入れた場合に何が後ろにずれるかを、その場で見せられます |
| 進捗が見えない | 週次の報告書の代わりに、実際に動くものを見てもらえます。所要は30分です |
要点は、スクラムの用語を使わずに言うことです。スプリント、ベロシティ、インクリメントといった言葉は、それを日常的に使わない立場の相手にはまず学習コストが立ちます。用語を覚えてもらう交渉は、それ自体が障害になります。
用語を避けると、こちらが伝えたい内容も削られます。それでも構いません。相手が判断できる状態になることが目的で、スクラムを正確に理解してもらうことは目的ではありません。
一度に全部を変えようとしない
進め方をまとめて変える提案は、判断する側にとってリスクが大きくなります。マネージャーが背負う責任の量が一度に増えるためです。
現実的なのは、影響範囲の小さいところから1つだけ変える形です。「1チームで3か月試して、うまくいかなければ戻す」という形にすると、判断が可逆になります。判断が可逆になると、承認する側が背負うリスクは小さくなります。
効果を測る指標も、先に合意しておくほうが後が楽になります。相手が既に気にしている量(手戻りの日数、リリースの遅延、問い合わせ件数)を選ぶと、後の説明が短くて済みます。
この提案が通らないこともあります。試す範囲が小さくても、前例のない進め方を承認すること自体が負担になる場合です。そのときは承認を求める形をやめ、次のセクションの方向に切り替えます。
通らない場合に何をするか
説明の仕方を変えても通らないことはあります。そのときに取れる方向は3つあります。
1つ目は、通さなくてもできる範囲でやることです。チーム内の進め方には、承認を必要としないものがあります。デイリースクラムの形式、リファインメントの持ち方、完成の定義は、チームの裁量に収まることがあります。外向きの報告形式だけを従来のまま残し、内側を変える形になります。
ただし、どこまでが裁量かは組織によって違います。完成の定義の変更に承認が要る現場もあるので、変える前に線引きを確認しておくと後の揉め事が減ります。
2つ目は、結果を作ってから話すことです。小さくても実際に改善した事例が1つあれば、説明の必要が減ります。示す材料は、上で挙げた量(手戻りの日数、リリースの遅延、問い合わせ件数)のどれかを1つ選べば足ります。順序としては、説得してから始めるより、始めてから示すほうが早く動けます。
このとき示すのは、進め方の正しさではなく結果だけにとどめます。「スクラムを入れたからうまくいった」と言うと、進め方の是非の議論に戻ります。何がどう変わったかだけを伝えるほうが、次の相談がしやすくなります。
3つ目は、時期を待つことです。組織の判断は、担当者の理解より外部の事情で動くことがあります。大きな遅延やトラブルの後は、進め方を見直す議論が通りやすくなります。何もしないという意味ではなく、提案の準備をしておいて機会に合わせるという意味です。
いずれも、相手を変えることを目的にしていません。相手の理解を得ることと、チームの状態を良くすることは別の目標です。前者が進まないときに後者まで止める必要はありません。
注意しておきたいこと
内側だけを変える進め方には副作用があります。外向きの報告と内側の実態が離れていくと、報告の作成そのものが負担になります。この負担がスクラムマスターに集中すると、続かなくなります。報告の作成に毎週数時間を使っているなら、その時間を相手に伝えて、形式を簡略化できないか相談する材料にできます。
また、マネージャーを迂回して進めた形になると、後から信頼の問題になることがあります。隠さずに、「まずチーム内の進め方から試しています」と伝えておくほうが安全です。
もう1つ、相手の意図を決めつけないことです。「理解する気がない」と判断した時点で、こちらの説明も変わります。実際には、過去に失敗した経験があって慎重になっているだけの場合もあります。何を心配しているのかを聞いていないなら、まだ判断材料が足りません。
明日からの一歩
次にマネージャーと話す機会に、説明をせずに質問をしてみてください。「今いちばん困っているのは何ですか」の一言で足ります。
返ってきた答えが、接続すべき相手の問いです。そこにスクラムの進め方が何を提供できるかを、用語を使わずに1つだけ返してみてください。