スクラムマスターが「何もしていない」と言われるとき、忙しさを見せても解決しない
「スクラムマスターって、結局何をしているの」と聞かれる。会議を設定して進行しているだけに見える、と言われる。兼任で時間を取られているのに、その時間の価値を説明できない。
この記事では、なぜこの役割の仕事が見えにくいのかを構造から整理し、稼働時間を見せる以外の方法を扱います。あわせて、指標で示そうとすると何が起きるかも扱います。
成果が「起きなかったこと」の形をしている
この役割の仕事の多くは、問題が大きくなる前に処理されます。認識のずれを早めに埋める、詰まっている人に気づいて手を回す、決まらない議論を止めて持ち帰る、といった動きです。
うまくいくほど、何も起きなかったように見えます。障害が発生して収拾に走り回れば貢献は見えますが、障害を起こさなかったことは誰の目にも映りません。
もう1つの性質があります。成果が出るときには、それはチームの成果になっているという点です。チームが自律的に動くようになったとき、その変化はチームの手柄として語られます。役割として正しく機能した結果なので、これ自体は問題ではありません。
つまり「何もしていないように見える」のは、認識の誤りというより役割の構造から自然に生じる見え方です。ここを理解しておかないと、見せ方の工夫がすべて的外れになります。
忙しさを見せても評価は変わらない
最初に試されるのは、稼働の可視化です。参加した会議、対応した相談、作った資料を一覧にして共有する形になります。
これはほとんどの場合、逆効果になります。並んでいるのが作業であって成果ではないためです。会議に出た回数が多いことは、忙しさの証明にはなっても、価値の証明にはなりません。
さらに悪い副作用があります。会議設定や議事録作成といった目に見える作業ばかりを並べると、「その程度の仕事」という印象が固定されます。見せたことで評価が下がる場合があります。
もう1つ、稼働の可視化は自分の動き方も変えます。一覧に書けることを増やそうとして、記録に残る作業から手を付けるようになります。相談に乗る、様子を見て回るといった記録に残りにくい動きは、優先度が下がっていきます。
見せるべきなのは、費やした時間ではなく、その結果として何が変わったかです。
指標で示そうとすると壊れる
次に検討されるのが、数字での証明です。ベロシティの向上率、障害件数の減少、会議時間の短縮といった指標を掲げる方法になります。なおベロシティそのものを目標に据えたときに何が起きるかはベロシティが安定しないのは異常ではありませんで扱っています。ここで扱うのは、スクラムマスター自身の評価指標のほうです。
ここで気をつけたいのが、経済学や政策の分野で知られる考え方です。ある指標が目標になると、その指標は良い指標ではなくなるというものです。測ることと、それを目標にすることは別だという指摘になります。
スクラムマスターの評価にこれを当てはめると、次のようなことが起きます。会議時間の短縮を掲げれば、必要な議論まで切り上げられます。障害件数の減少を掲げれば、小さな不具合が障害として数えられなくなります。不正をしている自覚はどこにもありません。指標に届かせようとした結果として、判断が少しずつずれていきます。
ただしこれは評価のために作られた理論ではなく、別の分野で観察された傾向です。スクラムマスターの評価に持ち込めるのは、指標が人の判断に跳ね返るという一点だけです。そのうえで、1つ実務に使える線引きが出てきます。自分の評価指標にするなら、自分が直接動かせる数字を選ばないことです。
変化を記録として残す
指標の代わりに使えるのが、変化の記録です。数字ではなく、状態の前後を短く書き残す方法になります。
形式は次の3点で足ります。
| 項目 | 書くこと |
|---|---|
| 前の状態 | いつ、何が起きていたか(観察できた事実) |
| やったこと | 自分が動いた内容 |
| 後の状態 | 今どうなっているか |
たとえば「リリース前に毎回2日ほど手戻りが出ていた。完成の定義に確認項目を追加し、レビューの前に確認する運用にした。直近3スプリントでは手戻りが出ていない」といった形です。
これが機能するのは、成果を数字に変換せずに、観察できる事実として示しているからです。指標として目標化されにくく、同時に第三者が検証できます。
書き溜めるタイミングは、変化が起きた直後です。評価面談の前にまとめて思い出そうとすると、印象に残った出来事しか書けません。スプリントごとに1件でも残しておくと、半年後に説明できる材料になります。
前の状態を書けないことに気づく場合があります。改善したつもりでも、以前どうだったかを記録していないと、変化として示せません。この場合は、今の状態を先に書き留めておき、次の変化のときに比較できるようにします。
なお、この記録はチームに見せるものではありません。自分の動きを説明する必要が出たときに使う材料です。チームに向けて共有すると、成果を主張しているように受け取られ、関係が変わることがあります。
ただし、記録が長くなると読まれません。1件を3行以内に収め、多くても月に2件か3件にとどめるほうが伝わります。
言っているのが誰かで対応を変える
同じ言葉でも、発言者によって意味が違います。ここを混同すると打ち手を外します。
上長や管理職が言っている場合、多くは評価制度の問題です。この役割を評価する枠組みが組織にないため、既存の物差しで測るしかない状態になっています。この場合に必要なのは、上に挙げた変化の記録を、相手が使っている物差しの言葉に翻訳して渡すことです。手戻りの日数やリリースの遅延といった、相手が既に気にしている量に接続します。
チームのメンバーが言っている場合は、意味が違います。自分たちに直接役立っている実感がない、というサインであることが多くなります。この場合に記録を見せても響きません。必要なのは、次のスプリントでメンバーの誰かの手が実際に軽くなる動きを1つ作ることです。
自分自身が思っている場合は、後述の自己点検に進んでください。
本当に手が動いていない場合の点検
見えにくいのは役割の構造によるもので、実際に動けているかどうかとは別の話です。どちらなのかは、次の3つで確かめられます。
- 直近1か月で、チームの外側に働きかけた出来事を1つ挙げられるか(他部署、上長、PO、他チーム)
- 直近3スプリントで、チームの進め方が変わった点を1つ挙げられるか
- 自分がいなかったら止まっていた、と言える場面を1つ挙げられるか
3つとも挙げられないなら、会議の進行と調整だけに時間が使われている可能性があります。この場合の答えは見せ方の改善ではなく、動き方を変えることです。
特に1つ目は重要です。チームの内側の調整だけをしていると、外側の障害は放置されたままになります。チームの内側では解けない待ちが発生しているなら、その待ち時間がチームの速度を決めています。
兼任で時間が取れない場合、3つすべてを満たす必要はありません。1か月に1つ、外側への働きかけを選んで実行するだけでも、内側の調整に閉じた状態からは抜けられます。
明日からの一歩
まず、直近のスプリントで起きた変化を1件、3行で書いてみてください。前の状態、やったこと、後の状態の順です。書けないなら、記録の問題ではなく動きの問題である可能性があります。
そのうえで、「何もしていない」と言ったのが誰かを確かめてください。上長なら翻訳の問題、メンバーなら実感の問題で、必要な打ち手が異なります。